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□ 短編小説 □

 『真昼の花火』

 
 季節も本格的な梅雨に入り、毎日の様に雨雲が空を覆う日々が続いている。
そんな中、珍しく青空が覗いた休日の昼下がり、私は窓際に置いてあるお気に入りのイスに腰掛けながら静かに本を読んでいた。
と言っても、差し込む陽射しの暖かさに誘われる様に、意識は半ばうつらうつらし始めていたが。
そんな私の目を覚ますかの様に『ドン……ドン……』と窓の外から聞こえてくる低く爆ぜる様な音に私は思わず顔を上げる。
怪訝そうに窓の外を見やりながら、何だ?と漏らす私の呟きが聞こえたのか、いつの間にか隣に立ち同じように外の景色を眺める一人娘が声をかけてくる。
「あぁ、花火の音だよ。今日から地元のお祭りでしょ」
「そうか、もうそんな時季か」
ここしばらくすっかり忙しさにかまけていたせいか、どうやら日付の感覚すら鈍くなってしまっていたらしい。
祭り、か。もう随分長い事行っていない気がするな……
娘がまだ幼かった頃はせがまれてよく一緒に行ったものだが、娘も成長するにつれて親とより気の合う友人達と共に出かける様になってからは、自然とそんな機会も減り今では殆ど無いに等しい。
ここは素直に親として子供の成長を喜ぶべきなのかも知れないが、次第に1人立ちし、親の手から離れていく事に一抹の寂しさを感じずには居られないのもまた確かだ。
他に兄弟の無い、一人娘なのが余計にそう思わせるのだろうか。
ふとそんな感慨に浸りながら娘の顔を見上げていると、不意に目線を下げた彼女と目が合う。
かすみは今年も友達と行くのか、とそう尋ねる私に、娘は少し残念そうに答える。
「今年は皆、都合が合わないみたいで、一緒には行けそうも無いかな……」
そう言い残し、手にした空のマグカップを片付けるべくキッチンへと向かう娘の後姿を見ながら、私はとある物の事を思い出していた。
「かすみ、ちょっといいかい」
「なぁに?」
呼び止められ振り返った娘と並んで立ちながら、ふむ、と一人納得する。
不思議そうに私を見詰める彼女に「もう着られる頃かも知れないな」などと独り言めいた事を呟きながら、私は娘を伴いリビングを後にした。

2人で移動した先、それはかつて生前の妻が衣裳部屋としても使用していた場所であり、その部屋の奥に置かれた1つの箪笥の前に私達は居た。
確かこの辺りだった筈――あった……
私が箪笥の引き出しから抱える様にして取り出した物、それは1着の浴衣だった。
丁寧に折り畳まれたそれは保存状態も良く、生地の傷みや虫食いの跡も見当たらない。
「これは?」
娘が口にした素直な疑問に、私は懐かしい想い出と共にこれがどんな物なのかを静かに語り始めた。

 それは娘が生まれるより少し前の事。
立て込んでいた仕事の忙しさも一段落し、ようやく一息着けそうだと告げる私に、妻はそれじゃあと近く行われる毎年恒例の夏祭りへ一緒に行きたいと提案して来た。
もちろん断る理由など無く私は快諾した。
その答えに妻は嬉しそうに笑顔を湛えながら、「そこでなんだけど……」と追加のおねだりをしてきた。
“夏祭りに着ていく新しい浴衣が欲しい”
そんな妻のささやかな願いを聞き、私は首を縦に振りつつも「あんまり高いのは買ってあげられないけど」などと、水を差すような余計な一言を付け加えてしまったのが、今となっては情けないやら何やら。
まぁその辺りの懐事情に関しては、私などより家計を預かっていた妻の方が重々把握していたろうと思うのだが。
それはさておき、何故か私も一緒に選ぶ事になった浴衣を購入してから数日後、早速それを身に纏った妻と約束通り共に出かけた夏祭りは、2人にとって掛け替えの無い時間となった。
だが、同時に私達にとってそれが最後の夏の想い出となってしまったのだった……
妻はその浴衣が大層気に入った様子で、祭りの後、丁寧にそれを箪笥に仕舞いながら次に着る時を心待ちにしていた事までもが鮮明に思い出され、心が締め付けられる。

そんな話を聞かせながら、私はいつしか目に涙を浮かべていたらしい。
「お父さん……」
心配そうにじっと私を見詰め、優しく囁く様に宥めてくれる娘に、大丈夫だよと半泣き顔のまま笑みを返し立ち上がる。
次にはい、と自分の前に差し出されたそれと私を交互に見やる娘。
「かすみもすっかり大きくなって、背丈ももう母さんと同じくらいか」――と言っても、写真でしか知らない母親の身長など、この子には測り知る術は無いのだろう。
案の定「そうなのかな」とシックリ来ない様子で小首を傾げている。
先程キッチンにて並んで立ち比べてみた限りでは、両者の身長にほぼ差は無いはずだった。
むしろ娘の年齢を考えると、母親よりもう少し背が高くなるかも知れない。
そんな事を思い口にしながら、私は手にしている浴衣へとしばらく目を落とすと、ようやく話の本題へと入るべく顔を上げた。
「この分ならまだ着られるだろうし、良かったらなんだが……かすみ貰ってくれないか」
そう、これこそが今日この部屋を訪れた理由であり、そして今、目の前に立っている娘に伝えたかった一番の言葉である。
「ぇっ!? でも、これ大事な物なんじゃ」
今までの話を聞き、更に自分へと差し出された浴衣を見てある程度の予想は付いていただろうが、
それでも隠し切れない驚きに動揺している娘に向かい、私は言った。
だからかな、と。
このまま箪笥の肥やしにしておくのは勿体無いし、もしかすみが着てくれる様なら、その方がきっと母さんも喜ぶと思うんだ、と。
差し出されるままに一応は手にしたものの、やはり素直に受け取るのは躊躇っている様子の愛娘の頭に、その艶やかな潤いある髪を撫でる様に、空いた右手をそっと置きながら私は続けた。
母さんはお前を生むのと同時にこの世を去ってしまったけれど、これはそんな母さんから健やかに成長してくれた娘への贈り物とでも思ってくれたら父さんも嬉しい。
一頻り思う限りの願いを伝え、決して押し付けるつもりは無かったが、それで駄目ならばまた静かに箪笥の中で眠るだけ。
まぁ確かに急な話だったかな、と目の前の娘に半ば詫びる気持ちでいた私の視界の中で、小さくコクリと首を頷かせた少女は、どっちつかずの位置にあった自分の腕と共に母の浴衣をそっと手元へと引き寄せる。
「うん、ありがとうお父さん。私、大切にするね」
そう言って、私から受け取った母の形見とも言える浴衣を大事に胸に抱きながら、娘はハッと何かを思いついた様な表情を私へと向けた。
「そうだ――お父さん、明日でも明後日でも夜空いてる日ある?」
「ん、特に予定は無いが……」
それを聞いた娘の表情が一層明るく変わり、その笑顔はまるであの日の妻の生き写しの様で……
「じゃあ、久し振りに夏祭り、一緒に行こうよ」
思わず目を奪われていた私に向かい娘が発した言葉は、実に聞かなくなって久しい響きとなって私の耳へと届いた。
「私、この浴衣を着てお父さんと一緒に歩きたい」
少し照れくさそうにしながら呟かれたその一言が、私の胸をまるで止めの一撃の如く強く打ち、再び溢れ出そうになるソレを必死で堪える。
あぁ、楽しみにしてるよ……
言いながらも熱くなる一方の目頭を押さえながら、私はそんな自分に動揺していた。
いずれそんな日が来ればいい、と思っていた矢先の娘とのこのやり取りは想像以上に私の涙腺に訴えかけ、つい嬉し涙まで湛えてしまうほど感慨深いものだったらしい。
そんな私の様子に気が付きながらも、今度は微笑ましげに黙って見守っている娘の頭へと再び手を当てると、綺麗に整った髪をわざとらしくクシャクシャっと撫で付けてやる。
この仕草が私の照れ隠しだと流石に娘も知っているのだろう。
可愛らしく「もぅ」と声を洩らしつつも、私の手を払いのけようとする気配は無い。
そんな満たされた時間の中、遠く響く真昼の花火の低く爆ぜる音だけが、あの想い出の夏と変わらず空に木霊するのだった……





・後書き
この話は、以前お題ネタの方で掲載した『死に往く人に5のお題』の中で書いた短編の1つ、『白い花を摘んだんだ~』の何年か後のお話になります。
成長した娘とそれに対する父親の心境が上手く表現出来ていればいいのですが。
少々父親が涙脆い気もするのですけどね……

それと前回の小説『again』にて頂いた感想を参考にしながら書き上げてみたのですが、如何なものでしょうかね。
 
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Date:2010/10/15
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